2012年4月30日月曜日

陵王の舞

http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20120402/CK2012040202000150.html


中日新聞:復活「陵王の舞」勇壮に 高森の瑠璃寺:長野(CHUNICHI Web) via kwout


 由来

この曲の由来となった伝説によると、高長恭はわずか五百騎で敵の大軍を破り洛陽を包囲するほどの名将であったが、「音容兼美」と言われるほど美しい声と優れた美貌であったため、兵達が見惚れて士気が上がらず、敵に侮られるのを恐れ、必ず獰猛な仮面をかぶって出陣したと言うもの。

男性がこの舞を舞うときは伝説に則して竜頭を模した仮面を用いるが、女性や子供が舞う場合は優しい顔立ちであった高長恭になぞらえてか化粧を施しただけの素顔で舞うこともある。

この伝説に対応する史実としては、北周が兵を発して洛陽を包囲した時、援軍を率い城門の前に到着したものの城内の人間が敵の策謀を疑って門を開けなかったため、高長恭が兜を脱ぎ顔を晒したところ、類いまれな美貌にその正体を悟った門兵が扉を開き、無事に包囲を破って洛陽の解放に貢献したという記述が『北斉書』などの史書に見える。

装束

龍頭を模した舞楽面を着け、金色の桴(ばち/細い棒のこと)を携える。

緋色の紗地に窠紋の刺繍をした袍を用い、その上に毛縁の裲襠 (りょうとう)と呼ばれる袖の無い貫頭衣を着装し、金帯を締める。

女性や少年少女が舞う場合もあり、その場合は、舞楽面を着けずに桜の挿頭花を挿した前天冠を着け、歌舞伎舞踊と同様の舞台化粧をする場合がある。

2012年4月23日月曜日

おのころ島神社

http://www.kobe-np.co.jp/news/awaji/0004938990.shtml




神戸新聞|淡路|大鳥居、化粧直し進む 南あわじ・おのころ島神社 via kwout

オノゴロ島(オノゴロしま、オノコロ島とも)は、日本神話に登場する島。イザナギ・イザナミの国産み・神産みの舞台となる島である。『古事記』では淤能碁呂島(おのごろじま)、『日本書紀』では磤馭慮島(おのころじま、初字は「石殷」で一字)と表記する。

イザナギとイザナミが天(『古事記』では高天原)にある天浮橋に立って天沼矛を混沌とした下界に突き刺し、「こをろこをろ」とかき混ぜて引き上げると、矛の先から滴り落ちた塩が積もり重なって島になった。これがオノゴロ島であるとする。

二神はオノゴロ島に降り立ち、そこに天御柱(あめのみはしら)を建て、島々や神々を生み出した。

「オノゴロ島」は、「自ら凝り固まった島」の意とするのが一般的である。しかし、天沼矛でかき混ぜた時の「こをろこをろ」という擬音が語源であるとする説もある。

オノゴロ島は一般には架空の島と考えられているが、実在する島だとする説もある。『古事記』にある仁徳天皇が詠んだ以下の歌がその根拠とされている。

「離於皇居 立難波岬 遙望國土 可視淡島 淤能諅呂 望檳榔島 佐氣都島」

    おしてるや 難波の崎よ 出で立ちて 我が国見れば 淡島(あはしま) 自凝(おのごろ)島 檳榔(あぢまさ)の島も見ゆ 放(さき)つ島も見ゆ
    (現代語訳)難波の岬に立って私が領有する国を見ると、淡島、オノゴロ島、檳榔の島も見える。佐気都島(離れ小島と解釈する説もある)も見える。 

2012年4月8日日曜日

菓子祭

http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120402/wlf12040208160001-n1.htm




菓子祭で東日本大震災の復興を祈願 和歌山・海南市 - MSN産経west via kwout


 タヂマモリは、日本の古墳時代の人物。菓子の神としても崇敬される。『古事記』では多遅麻毛理、『日本書紀』では田道間守と表記される。

新羅から渡ってきたアメノヒボコの曾孫である。11代垂仁天皇の命により、非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)を求めて常世の国(祖先の国である新羅のこととも)に渡った。10年かかって葉附きの枝と果実附きの枝を日本に持ち帰ってきたが、垂仁天皇はすでに亡くなっていた。タヂマモリは半分を垂仁天皇の皇后に献上し、残りを垂仁天皇の御陵に捧げ、悲しみのあまり泣き叫びながら亡くなったという。

タヂマモリが持ち帰った「非時の香菓」は、記紀では現在の橘のこととしている。「タチバナ」という名前自体、タヂマバナ(田道間花)が転じたものとする説もある。当時「菓」といえば果物のことであったが、この説話からタヂマモリは菓子の神「菓祖」として信仰されている。

果物や薬草を求めて異界に行く話は世界各地に伝わるもので、この説話は中国の神仙譚の影響を受けていると考えられる。例えば秦の徐福が蓬莱に不老不死の薬を求めに行く話がある。

タヂマモリは、菓子の神として中嶋神社(兵庫県豊岡市)に祀られている。中嶋神社の分霊が太宰府天満宮(福岡県太宰府市)、吉田神社(京都市)など全国に祀られており、菓子業者の信仰を集めている。

佐賀県伊万里市には、常世の国から帰国したタヂマモリが上陸した地であるという伝承があり、伊萬里神社にはタヂマモリを祀る中嶋神社がある。和歌山県海南市の橘本神社の元の鎮座地「六本樹の丘」は、タヂマモリが持ち帰った橘の木が初めて移植された地と伝えられる。

2012年4月7日土曜日

隠岐の島・大山神社

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/shimane/news/20120402-OYT8T01141.htm?from=topics_p_osaka

大杉にささげる祈り : 島根 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) via kwout

 布施の山祭りは、隠岐の島町布施(フセ)に鎮座する大山(オオヤマ)神社の例祭です。布施の山祭りが文献に初めて見られるのは、寛文10(1667)年です。大山神社の御神体は今も成長を続ける大きな杉の木で、布施地区の人にとっては、他の神社とは違う特別な地位を保ち続けている信仰の対象です。
 例祭は、毎年4月初丑の日ですが、行事としては、その前日の「カズラ伐り」から始まります。これを「帯裁ち」といい、翌日の神事に使う榊、ハナなども合わせて切り出します。
 そして、祭り当日には、このカズラを南谷(ミナミダニ)、中谷(ナカダニ)の両大山の御神木、そして荒神社(コウジンジャ)の御神木に巻きつけます。これを「帯締め」といい、帯裁ちとともに山祭りの主要な行事となっています。 


http://bunkashisan.ne.jp/search/ViewContent.php?from=14&ContentID=179